昭和初期に活躍した子役、突貫小僧こと、青木富夫さんの(子役になってはみたけれど、突貫小僧一代記)を読みました。あばれはっちゃくよりもずっと昔、主に小津安二郎監督の作品などで腕白小僧を演じていました。自伝的な小説で、子役という、ちょっと特殊でもある日常、思いを綴っています。撮影所で小津監督にスカウトされ、あれよ、あれよ、と人気子役として、撮影に明け暮れ、学校もほとんど行けなかった。当たり前なことですが、はっとした所があります。笑いたくないのに笑い、泣きたくもないのに泣く、常に虚構を演じていたのかもと、述懐している所です。(カメラの前では、泣きたくないのに泣かされた。笑え笑えと監督に言われて、おかしくもないのに、富夫は笑った。嘘泣き、嘘笑いばかり富夫はしていた。)大人に混じって大人の規範を持たされ、子供が働くことはいかなることであったか、と思いを馳せてしまいます。いくら素直で活発な少年がそこにいてもやっぱり虚構、作り物ではあるのですよね。6才ではなく、36才の目線では表と裏、子役の陰の努力を汲み取ってしまうから、作品を楽しみつつ、切なさも感じてしまいます。青木さんは、そういった虚構の中で何が真実かを探しているようでした。業界よりも、初めて異性に感じた慕情や経験、子役仲間であった高峰秀子さんとの交流にむしろ真実を感じていましたし、印象に残りりました。中古で買いましたが、たまたま直筆サインがあって、メッセージが添えられていました。(人それぞれ、青春があった。人それぞれ、映画もあった。)晩年に、書いたサインですが、青木さんの子役から始まった役者人生をこんな人生もなかなかではなかったかと、認められた言葉でなかったかと、穿った見方をしてしまいました。
栗又厚さんは、昨年のインタビューで撮影にマネージャーもつかず、ひとりで通っていた、と語っていましたが、青木富夫さんの場合も、いつも夜中まで撮影があっても、ひとりで夜道を帰り、誰も迎えになんか来なかった、と記述があり、私の感覚では、二人ともそのような状況だったとは信じられません。そういうとき、栗又さんも、青木さんもなんと寂しく、孤独を感じていただろうと、切なくなってしまいます。